第二回に取り上げる英文はCriterion社によるサイコスリラー映画の金字塔、そしてフェミニズム映画としても名高い『羊たちの沈黙』作品紹介です。
英文
In this chilling adaptation of the best-selling novel by Thomas Harris, the astonishingly versatile director Jonathan Demme crafted a taut psychological thriller about an American obsession: serial murder. As Clarice Starling, an FBI trainee who enlists the help of the infamous Hannibal “the Cannibal” Lecter to gain insight into the mind of another killer, Jodie Foster subverts classic gender dynamics and gives one of the most memorable performances of her career. As her foil, Anthony Hopkins is the archetypal antihero—cultured, quick-witted, and savagely murderous—delivering a harrowing portrait of humanity gone terribly wrong. A gripping police procedural and a disquieting immersion into a twisted psyche, The Silence of the Lambs swept the Academy Awards® (best picture, director, screenplay, actress, actor) and remains a cultural touchstone.
https://www.criterion.com/films/528-the-silence-of-the-lambs
単語
versatile: adjective, someone who is versatile has many different skills
「多彩な」
ジョナサン・デミ監督はこの前に『サムシング・ライルド』でコメディ、『ストップ・メイキング・センス』でドキュメンタリー、後に社会派映画『フィラデルフィア』と多種多様なジャンルで傑作を生み出しているのでこの形容詞が授けられています。
craft: verb, to make something using a special skill, especially with your hands
「編み出す」
基本的な意味は「作る」なのですが、”using a special skill”によって「精巧に、丁寧に」という意味が宿っているのが感じられます。”make something delicately”などとせずに一単語に落とし込みます。英語はこのようにゴテゴテと言葉を飾らずに、それにビシッと当てはまる動詞を置くと洗練された文章、教養が感じられる文章になります。
taut: adjective, stretched tight
「ピンと張り詰めた」
他にも「緊張した」「整った」「引き締まった」の意味があるポジティブな形容詞。
enlist: verb, to persuade someone to help you to do something
「協力を求める」
subvert: verb, to destroy someone’s beliefs or loyalty
「ぶっ壊す」
とても力強い動詞です。”destroy”に似た意味ですが、誰かの信じていたことや忠誠というそれまで大事にされていたことや、当たり前にあったものを壊すという気概があります。
“Jodie Foster subverts classic gender dynamics”
「ジョディー・フォスターは性別から生まれる典型的な役割分けを打ち破った」
foil: noun a person or thing that contrasts with, and therefore emphasizes, the qualities of another person
「引き立て役」
日本語にするとネガティブな意味合いがこもりますが、英語では必ずしもそうではありません。レクター博士は好対照として映画の中でまた輝いているよという印象を受けます。
harrowing: adjective, very frightening or shocking and making you feel very upset
「痛ましい、悲惨な、おぞましい」
ショッキングよりも更に上にある強烈な感情を引き起こすだろうと。
disquiet: noun, anxiety or unhappiness about something
「不安、不穏」
sweep: verb, to win everything that can be won, especially very easily
「かっさらう」
今回一番グッときた単語。元々は「掃く」「押し流す」という意味がありますが、ここでは「幾つかの賞や賞金をさっとさらう」という意味です。カジノやギャンブルでテーブルに置いてあるコインを独り勝ちしたイメージでしょうか。
touchstone: noun, something used as a test or standard
「試金石」
『羊たちの沈黙』以降、異常心理や犯罪心理学、プロファイリングが脚光を浴び、サイコスリラーのいうジャンルもまた多く生み出すきっかけともなりましたからね。“benchmark”も似た意味の単語になりますが、こちらは学術的な意味合いが強いですね。
日本語訳
トマス・ハリスのベストセラー小説より生まれた身の毛のよだつような脚色を用い、驚くほど多彩な監督ジョナサン・デミによって編み出されたアメリカ人の妄念-つまりは連続殺人鬼-についての緊張の糸が張り詰められたサイコロジカルスリラー。FBIの訓練生、クラリス・スターリングは殺人鬼の考え方に対しての考察を得るために悪名高きハンニバル・
“人喰い” ・レクターに協力を求める。ジョディー・フォスターはこれまで映画内で描かれたような性別から生まれる役割分けを打ち破り、彼女のキャリアの中でも最も素晴らしいパフォーマンスの一つに挙げられる演技を見せる。彼女の好対照な役回りとしてアンソニー・ホプキンスは、洗練され、聡明、そして悍しい程残忍なアンチーヒーローとして登場する-人間性がこれほどまでに遠くにいってしまうのかという痛ましい描写を我々に突きつけながら。手に汗握る捜査過程と、不安を伴う没入によって捻くれた精神へと誘う『羊たちの沈黙』は数々のアカデミー賞(作品賞、監督賞、脚本賞、主演女優賞、主演男優賞)をかっさらい、今なお文化における試金石としてあり続けている。
■本編より
レクター博士の最後の台詞は
“I’m having an old friend for dinner.”
ですが、
“Be Ving” 【Be動詞+動詞進行形】は【現在進行形】ですが、ここでの意味は“今~やっている”ではなく、“確定した未来”という意味です。
なので“きっと~やる、既にそれに向けて動いているよ”という確信が背後にあります。
“have”は“持つ”以外に多様な意味を持っている動詞ですがここではそれに乗っかって二つの意味を掛けているのが上手い所ですね。
“have”は招待するという意味もあります。
例 “Thank you for having me tonight”「今日は招待してくれてありがとう」
なので一見レクター博士の台詞は
「これから古い友人を夕食に招待することになっててね…」ですが、
“have”は“食べる”という意味もあるので
「これから古い友人を夕食として食すのでね…」
とダブルミーニングになっています。言葉遊びが好きなレクター博士にふさわしい見事な締めの台詞ですね。
■一口感想
この映画はサイコスリラー映画としても疑いなく超一級作品ですが、キャラクターに背後に込められた奥深さに目を向けると“試金石”としてはちょっとハードルが余りにも高すぎる程の映画だといえます。ハンニバル・レクターは理解しがたい狂気的天才でありつつ、洗練された紳士である大きく相反するような二面性が一人の人間と行動様式内に共存してうごめいている興味深さがあります。一方、本作の主人公クラリスもまた優秀で果敢なFBI訓練生ですが、同時にフェミニズムという視点からも彼女は仕事や社会内における女性にのしかかるバイアス、男性からの視点、そして被害者の女性達が文字通り男性から“消費”されてしまう事への強い憤り等を同性の立場から抱えながらバッファロー・ビルへと立ち向かう様子はカッコいいを超えて、今なお力強く輝き続けるキャラクターとなっています。