四六時中薬物をキメながらご機嫌状態で事件を解決する探偵の活躍を描いたコメディ映画。実はとある有名ヒーローのパロディ作品でもあり、その他にもかなり革新性も含まれているカルト作品。1934年にヘイズ・コード(ハリウッド映画の自主規制条項)が始まる前はいかに映画が自由に暴れて、ありとあらゆるものをスクリーンに宿してきたのかを示す際に一例として十分な一本。
■常にラリパッパな探偵の冒険
この物語の主人公は文字通りのべつ幕無し一日中コカインを摂取しています。開始一分立たずして注射器を(なぜか)二の腕に刺してコカインを注入。そして幸せそうな満面の笑顔。それから終始ご機嫌。そんなコカイン中毒探偵の名はコーク・エニデイ “Coke Ennyday”
“Coke”はコカイン、“Ennyday”は「any day」の事なので日本語に訳すと
「コカイン・いつでも」という名が体を200%表しているふざけた名前です。
彼の部屋にかけられたルーレットのようなものには「酒」「睡眠」「食事」「麻薬」という一つ日常生活に支障をきたすものがルーティーンに盛り込まれていたりと、もはや生活のお薬が生活の一部となっています。ちょっと気分が落ちたなぁと思ったらお腹の辺りに装備している注射器で即注入。
そんなボンクラの職業は私立探偵です。ただ、他の探偵と一線を画すのは仕事中も常にラリパッパな状態である事です。
彼の元に「昨今多発しているアヘンの不法輸入を突き止めてくれ」という依頼が政府から(!)舞い込む。写真を渡された後にテーブルの上にあったコカインの粉を顔一杯に頬張り、その写真をおでこに付けてどうやら事件を整理、考察、そしてトリップしているようです。
事件の鍵は近くの海岸に隠されている。主人公コークはインバネスコートを見にまとい、秘書と一緒に海岸へと捜査の足を向けます。
海岸に着くと、美女が海で溺れている!我らがヒーローコークは彼女を助けるために桟橋からダイブします。するとなぜかそこは浅瀬でコークは頭から海に突き刺さった状態になりさぁ大変。溺れていた女性がコークの頭から抜こうと手を貸します。その女性がこんな浅瀬でなぜ溺れていたのかというツッコミは無駄です。ちなみにこの女性が映画のヒロインです。
彼を救うも、さすがにキマッた状態で溺れたというトラウマ級の悲劇に見舞われたコークはグッタリ。助けてくれた女性が職場である海辺の浮き輪ショップに彼を連れていき介抱します。彼女は彼のお腹にたくさん注射器を見つけそれを一発コークの顔に注射。すると驚くことが起きます。彼が元気になるのです!
元気を取り戻したコークはせっかくだからサメさんの形をした浮き輪を借りて、海に出て事件の手がかりを探ります。するとなんと映画の最初で渡された写真に映っていた怪しい金持ち男と海でばったり!容疑者はすぐにコークから逃げます。それを追おうとするコーク。しかし、波が邪魔をして思ったように進まない。彼は信じられないアイデアを閃きます。コカインを浮き輪に打ち込みます。するとどうでしょう。まるでジェットが搭載されているように走り出しました。とても速い。しかし結局追いつくことはできず取り逃がします。
さて、その容疑者は浮き輪ショップに行き、部下たちを使ってヒロインに結婚をしろ!と腕づくで脅迫させます。彼はこの浮き輪ショップの経営者であることが判明し、名前も明かされます。“Fishy Joe”(フィッシー・ジョー=怪しいジョー)、もう名前の神様が匙を投げる程のネーミングです。
その後、コークは海で怪しい動きをする人々を見つけます。彼らはさきほど女性が務める店の浮き輪を使って密輸をしているようです。彼らは浮き輪を店の倉庫に持っていきます。一足先に倉庫の屋根に隠れたコークは浮き輪の中から何やら怪しいブツが詰められているのを目撃。そして不幸にもヒロインがその現場を偶然目撃し、密輸団に拉致られます。
彼らが去った後、一味が忘れていったブツを観るとそれはアヘンでした。迷わず味わう主人公。コカインとアヘンのダブルパンチで力満杯のコークはそれから常に身体がポップ、つまり小刻みに身体を上下に動かしてご機嫌な状態に突入。『ウルフ・オブ・ウォールストリート』のポパイシーンのようですね。
密輸団を追いかけて着いた先は、チャイナタウン。彼らの隠れ家にガンギマリ×2のステータス異常の状態で突入するコーク。密輸団の一味が襲い掛かってくる。それに対してコークは自分のコカイン注射を敵に注入します。お薬を投与された賊は即座に幸せいっぱいの状態になり、その後窓から外に頭からダイブしたり、空に向かってトンで行ったり(意味不明)してやっつけます。
さて、拉致られたヒロインですがなんと自力で賊の一人をボコボコにしてました。その直後に助けに来たコークに発見されます。そのタイミングでこの事件の親玉、怪しい金持ちフィッシー・ジョーがアジトへ帰還。コークとの一騎打ち。コークは部屋を真っ暗にしてフィッシー・ジョーをボロボロにします。なぜ暗闇でコークが闘えたのかは存じ上げません。
決着の後、残りの賊たちをコークのコカインの粉を拭き掛けて一網打尽。くらった賊たちは床に伸びてしまいます。事がすべて収まった後にようやく警官たちがアジトの前に到着し突入しようとすると、中からコークが「誰もいないよ!」と叫びます。死ぬほど馬鹿な警官たちは「なんだ、誰もいないのか」とズコズコ帰っていきます。なぜ、警官達を追い返したのかは全くわかりません。
これでハッピーエンドかと思いきや、この映画はとある仕掛けがしてあります。
実はこの荒唐無稽らりるれろな物語は俳優ダグラス・フェアバンクスが脚本を書いて、それを脚本部の人に持ち掛けている際の内容だという事が判明します。実は映画の冒頭でも一瞬伏線が敷かれていますが、最後のオチにてハッキリと明示されます。これは楽屋オチなんだよと。
そして脚本家からダグラスは「君は脚本家の道なぞ諦め、俳優業に集中なさい」と脚本を却下され、ダグラスはあっかんべーをしながら引き下がってこのトリップ映画は終ります。
■狂ったシャーロック・ホームズ
普通にみるとコカイン中毒者によってお送りされる支離滅裂なお話ですが、よく見るとこれはシャーロック・ホームズのパロディです。実はホームズはアーサー・コナン・ドイルの原作小説では事件がなくて暇な時に時間を潰すためや、難事件を解決した後リラックスする為にコカインを摂取する描写があります。
ホームズとコカインの関係は『四つの署名』にて確認でき、小説の冒頭と、そしてラスト1ページに繰り返し登場します。子供の頃読んだときはそんなに意識していなかったですが、今読むとギョッとします。医師のワトスンは止めるように諭していますが、ホームズは私のような頭脳には常に精神的高揚が必要なのだということでコカインを楽しみます。
ホームズのコカイン好きな側面を戯画化したのが探偵コーク・エニデイです。よく見ると彼の着ているインバネス・コートはホームズの服装への目配せです。ただ、こちらではコカイン中毒を有能な探偵としてではなく、笑いの対象として描いています。
また、この映画の斬新な点は女性が自分で悪漢をたこ殴りにしている事です。昔の物語内で誘拐される女性はただヒーローの到着を待ちわびることが多いですが、この映画のヒロインは自分の腕力で悪党を退治している点も恐らくはこの時代の似た構成(ヒーローがさらわれた女性を救出する)へのパロディをしようとしたのではないかと思います。
どうにもこうにも新しいやら、狂っているやらの今作品。一体どこの不届き物が認めたのかと調べたらなんとトッド・ブラウニングが脚本でした。後に『フリークス』『魔人ドラキュラ』を撮る監督です。妙に納得しました。
そして主演はダグラス・フェアバンクス。サイレント映画期に大人気を博した冒険活劇アクション映画のヒーローです(『奇傑ゾロ』『バグダッドの盗賊』等)。後に彼は“The Mystery of Leaping Fish”に出演したことを良く思っていなかったらしく、上映されないように試みたのですが今ではパブリック・ドメインとなり容易に誰でも観ることができるようになりました。
■アジア人への差別意識
この映画にはよく見るとアジア人への差別心が内在しているのも感じられます。アヘンの密売の親玉は白人ですが、彼に働かされているのは日本人で、アジトがあるのもチャイナタウンです。そしてコカインはアメリカ人を元気にし、アヘンは他国から来る違法薬物であるということを示しています。阿片戦争の後ですし、サンフランシスコではアヘン窟が問題にもなっていましたからそれを描き出しています。
当時、まだアジア人への差別意識が高かったアメリカでこのようにアジア人とアヘンを悪人側として描いていますが、コカインを使うアメリカ人がヒーローとして描かれたことのインパクトが強くて個人的にはあまり気になりません。それでもその時代の不穏な空気が少し漂っているのも感じます。サンフランシスコでは1906年にアメリカ在住の日本人たちを強制的にアジア人学校へ行くように定めたり、1913年では土地の所有が困難になったりと日本人排斥運動が行われていましたからね。
古い映画でありますし、日本未翻訳なのでわざわざ糾弾する必要もないとは思いますが、映画と云う文化がいかに世相を反映するか、世の中の動きを鏡のように映し出すかについてはいつの時代にも云える事ではありますね。
あまり深く考えず、昨今の映画とはかなりかけ離れたカルト作品の一つとして観賞するに際しては一見の価値はあります。。
前述した通り、今作品はパブリック・ドメインになっているのでYouTubeにて簡単に観賞できます。o
■最後のひと言
ダメ、ゼッタイ!